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寿ひずることぶき ひずる

宝塚歌劇団卒業生(元雪組・花組二番手男役スター)で、日本の女優
三重県津市生まれ
大阪府育ち、出身校帝塚山学院
公称身長168センチ
血液型O型
愛称イーちゃん
本名:伊東春美
生年月日:1954年3月17日
家族:坂東巳之助(息子)
守田菜生(娘)

略歴
津市にあった母方の親戚宅にて出生のち大阪府へ転居。
1972年、58期生として宝塚歌劇団に入団。
雪組公演『かぐら/ザ・フラワー』で初舞台を踏む。
同期生に現専科の星原美沙緒、邦なつき、女優の峰さを理、高汐巴がいる。
当初の芸名は「寿 ひづる」だった。

8月、関西テレビ番組「ザ・タカラヅカ!」に出演するユニット「バンビーズ」の8期生に選ばれる。
同じく選ばれた峰、高汐とともに、翌年3月までほぼ毎週テレビ出演する事となる。
1973年、星組に配属。
峰、高汐と同期生トリオとして使われ、注目を浴びる。
9月、『この恋は雲の涯まで』本公演では主題歌指導・新人公演では峰・高汐と共に主要な役を同期三人で占めた。
1974年、花組へ組替え。『ベルサイユのばら』の小公子などで、フェアリー型男役として活躍する。
1978年宝塚バウホール開場第一作『ホフマン物語』に出演。
新人バージョンでホフマン役を演じる。
1980年、雪組に組替え。新トップ麻実れいのもとで2番手スターとなる。
娘役トップ遥くららも加えた3人の並びは「ゴールデントリオ」と称された。
1981年、『彷徨のレクイエム』第1部で主演。(コビリンスキー大佐役)
1982年、花組へ組替え。

すでに翌年退団の決まっていた花組のダブルトップ、松あきら、順みつきの後を受けて、花組トップスター就任のための組替えであった。
10月、突然、歌舞伎役者五代目坂東八十助(現十代目坂東三津五郎)との婚約を発表。
年内での退団が決定。
12月、東京公演『夜明けの序曲』(松あきらのサヨナラ公演)をもって、トップスターになることなく宝塚歌劇団を退団。
1983年5月、坂東八十助と結婚。
二人の女児と坂東巳之助をもうけ、梨園の妻としての勤めを果たしていたが、1997年3月、離婚。
八十助が近藤サトら複数の女性と不倫関係にあったことや、寿と八十助の家族(両親と二人の妹)との永年の深刻な確執が取り沙汰された。
1997年、植田紳爾作・演出『華の絆』(三越劇場、主演宋慶齢役)で芸能活動を再開・本格的芸能界デビューを果たす。現在はミュージカルを中心に出演。

女優像
芸能界本格進出後は第一作こそ主演だったが翌1999年の「42nd street」(ドロシー役、休演した上月晃の代役)以降は脇に回る
。2000年に芸能界進出した初風諄、2001年(東宝版「風と共に去りぬ」でメラニー役より)から従来の主役や男性主役の相手役だけでなく脇にも進出した杜けあきらと共に、淀かおる('93)・上月('99)が相次ぎ逝去し空白となっていた”日本(とくに東宝)ミュージカルの唄えて演れる中高年女性助演者”の層を埋めた。

主な出演
舞台
宝塚在団中

1973年
9月 『この恋は雲の涯まで』
1974年
『ベルサイユのばら』 -小公子
1978年
『ホフマン物語』
1981年
『彷徨のレクイエム』 -コビリンスキー大佐
1982年
12月 東京公演『夜明けの序曲』

宝塚退団後
1997年
10月『華の絆』 -宋慶齢 (三越劇場) 主演
1998年
1月 『阿修羅のごとく』 -里美巻子 (東京芸術劇場)
4-5月 『ミュージカルサクラ大戦~花咲く乙女』 (アートスフィア、シアタードラマシティ)
12月『ご親切は半分に』 -亀奴 (川口リリアホール)
1999年
1-2月 『ロンドンコメディ ラン・フォー・ユア・ワイフ 恋と結婚』 -メアリー・スミス (博品館劇場)
4月 『42nd Street』 -ドロシー・ブロック (日生劇場)
8月 『オズの魔法使い』 -エムおばさん・よい魔女 (新宿コマ劇場)
10月 『罠』 -ベルトン嬢 (PARCO劇場)
2000年
4月 『ハウ・トゥー・サクシード』 -ミス・クラムホルツ (梅田コマ劇場)
5月 『The Singer's Battle』 (アートスフィア)
8月 『サウンド・オブ・ミュージック』 -エルザ (梅田コマ劇場)
9月 『ジンジャー・ブレット・レディー』 -トービー・ランドー (博品館劇場、愛知厚生年金会館、シアタードラマシティ)
2001年
4月 『桜祭り狸御殿』 -お蓮 (新宿コマ劇場、梅田コマ劇場)
9月 『パウロ』 -リディア (博品館劇場)
11月 『蜘蛛の巣』 -ミルドレッド・ピーク (東京グローブ座)
2002年
2月 『ボーダーレス~天使たちの休日~』 -主演・大天使ミカエル (博品館劇場)
3月 『イシマツ~踊る東海道~』 -十六夜 (中日劇場)
12月『風と共に去りぬ』 -ベル・ワトリング (梅田コマ劇場)
2003年
4月-5月『風と共に去りぬ』 -ベル・ワトリング (帝国劇場)
6月 『「ル・シャルム」~魅力あふれるレディたち~』 (青山劇場)
8月 『シンデレラストーリー』 -王妃ガードルート (青山劇場)
10月 『レ・ミエンレビューHIBARI 美空 ひばりを舞う』 (新宿文化センター)
12月 『ファニー・レディー』 (青山劇場)
2004年
1月『 鹿鳴館』(ル テアトル銀座)
4月 『新版・桜吹雪狸御殿』 (新宿コマ劇場)
9月 『ウェストサイドワルツ』 (ル テアトル銀座)
2005年
9月 『エリザベート』 -ゾフィー皇太后 (帝国劇場)
11月 『ウェストサイドワルツ』 (ル テアトル銀座)
2006年
5月 『エリザベート』 -ゾフィー皇太后 (日生劇場)
10月 『風と共に去りぬ』 -ベル・ワトリング (博多座)
2007年
11月『ザ・ライト・イン・ザ・ピアッツァ』 -ナッカレリ夫人 (ル テアトル銀座)
2008年
6月 『レベッカ』 -ヴァン・ホッパー夫人
8月-翌1月 『エリザベート』 -ゾフィー皇太后 (中日劇場、博多座、帝国劇場、梅田芸術劇場)
2009年
9月 『ジェーン・エア』-フェアファックス夫人 (日生劇場)
12月 『Nine The Musical』 -ステファニー・ネクロフォラス (ル テアトル銀座)
2010年
4-5月 『レベッカ』 -ヴァン・ホッパー夫人 (日生劇場)
8-10月 『エリザベート』 -ゾフィー皇太后 (帝国劇場)*杜けあきとのWキャスト
12月 三ツ星キッチン musical『ATM』(赤坂RED/THEATER)

テレビドラマ
月曜ミステリー劇場『示談交渉人甚内たま子裏ファイル』 (2001年、TBS)嶋村瑛子役

CM
花王 健康エコナ (2005年)

バラエティ
象印クイズヒントでピント 初代4枠レギュラー (1979年 テレビ朝日)

雑記
後輩である安寿ミラの芸名の姓の『寿』は寿にちなんだといわれる。
(因みに『安』は安奈淳に由来)
寿の実父は養毛剤・整髪料等の老舗メーカー「加美乃素本舗」の経営の中枢にいた人物で後に社長にも就任した。寿の入団が縁で加美乃素はしばしば宝塚歌劇招待を懸賞とした販促キャンペーンを実施、これは寿の父が他界(寿在団中)したあとの現在も継続され、また寿・八十助が結婚していた頃、八十助がCM出演したこともある。

また父は関西歌舞伎の役者たち、特に松嶋屋(片岡仁左衛門 (13代目)一家)とは永年の交際があった
。寿は父と共に片岡秀太郎・高田美和夫妻(のち離婚)の披露宴に招かれたことや、汐風幸(片岡仁左衛門 (15代目)長女)の入団志望など両家の永年の繋がりを感じさせる逸話は少なくない。

前出・上月とは1999年の「42nd~」での代演関係だけでなく、前年の復帰作「華の絆」の共演者(準主役宋靄齢役)同士であった。
「42nd~」出演が決定した矢先の同年3月25日に上月が58歳で逝去、死因も末期の大腸癌であったことが公表された。
寿は森繁久彌(永年東宝の舞台公演で上月と共演が多く、直前に自身の愛息も58歳で癌の犠牲となっていた)と共に上月の死を最も悲しんだ人物であったと報じられた。


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