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四條 秀子しじょうひでこ

四條 秀子(1926年2月5日 - 1986年8月12日)は、宝塚歌劇団月組(のちに専科へ転属)に所属した娘役である。
クラシックバレエに優れた名手であった。
京都府京都市出身
本名:津田初榮
愛称:ハツエさん

略歴
1938年:宝塚音楽歌劇学校に入学。27期生として入団。
1940年:「花詩集」で初舞台後、月組に配属。
1965年:第2回ヨーロッパ公演(パリ)(アルハンブラ劇場で選抜チーム52名)に参加。
1970年:「ハロー!タカラヅカ」で退団。退団後は宝塚音楽学校の教員を勤める。
1986年:死去、享年61。

人物
家族構成は4人姉妹の長女。
出身校は京都市立弥栄小学校。
身長は155センチ。
宝塚音楽歌劇学校は首席で卒業。

逸話
宝塚音楽学校教員時代、鞄の持ち方でその日の機嫌が分かると教員同士の間で評判であった。
芸名の「四條秀子」であるが、「四條」は実家の近くを東西に走る四条通から、秀子は父親の名前の一字を貰って命名された。

主な舞台作品
「花詩集」
「人間万歳」
グランド・ショー「ステイジランド」(1950年(昭和25年)月組公演)
モダン・バレエ「ブルウ・イン・ザ・ナイト」(1950年(昭和25年)雪組公演)
歌劇「アラゴンの角笛」(1953年(昭和28年)雪組公演)
バレエ「三つのパラード」(1953年(昭和28年)雪組公演)
レビュー「われら愛す」(1953年(昭和28年)雪組公演)
舞踊劇「コッペリア」(1953年(昭和28年)星組公演)
「ハロー!タカラヅカ」(1970年(昭和45年)月組特別公演)

主な掲載雑誌
「宝塚春秋」(宝塚歌劇団出版部)14号(1949年(昭和24年)11月号)表紙:四條秀子
「歌劇」(宝塚歌劇団出版部)通巻297号(1950年(昭和25年)6月号)表紙:四條秀子
「宝塚春秋」(宝塚歌劇団出版部)22号(1950年(昭和25年)7月号)
「歌劇スタア」(歌劇スタア社)創刊号(1950年(昭和25年)8月号)
「歌劇之友」(すみれ書房)92号(1950年(昭和25年)9月号)
「歌劇」(宝塚歌劇団出版部)通巻338号(1953年(昭和28年)11月号)表紙:四條秀子
「歌劇」(宝塚歌劇団出版部)通巻744号(1987年(昭和62年)9月号)44頁の中で、「四條秀子はバレリーナとして広く日本のバレエ界にも第一人者として宝塚の誇る実力のある人である。
才能だけで名を上げても訓練を怠っている人は永続性がない。
四條秀子に感心することは『弛まぬ努力』である。後略。」と白井鐵造が「宝塚グラフ」に寄せている。


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